破約


終わりの時
この時が来るのは、ずっとわかっていた
だから、このこと自体は悲しいが怖いとは思ってはいなかった

黄泉の果てでも一緒に連れて行ってくれると誓ったから

彼が、病に倒れたのは冬の初め
年のせいで弱った彼の体では
春までは持たないだろうと言われた
彼女はずっと彼について看病を続けた
彼に苦痛が与えられないように
それでも寿命は変えられなくて
彼の命の灯はだんだんと小さくなっていた
そして、ついにその時は来た

彼女は、寝台に横たわる彼に剣を差し出して言った
「誓ったわよね、何処までも付いていくって
 たとえ、黄泉の果てまででも」

彼は横たわりながら彼女の首に剣を突き付けた
剣を向けられた彼女は微笑んだ
しかし、彼はその剣を仕舞った
彼女は不思議そうに首を傾げる
まるで、出逢った時に巻き戻ったかのように

彼は口を開いた
「おまえの後については、親友に頼んでおいた
 彼なら、おまえを大事にしてくれるはずだ」
彼女には、その言葉の意味が理解できなかった
「だから俺が死んだら、彼と契約を結べ
 俺とおまえが初めて会った時の様に」
いや、理解したくなかった

「どうして?」
問う声が震えた
「おまえは、連れて行かない
 おまえは死ぬのにはまだ早い」
彼は淡々とした口調で答える
「どういうことよ?」
彼女は彼の言うことが信じられなかった
そんな彼女に、噛んで含めるように彼は説明する
「おまえがこれから生きていく時間に比べれば、俺と一緒にいた時間なんて一瞬のことだ
 だから、俺が死んでも、おまえは生きろ」
彼女は即答した。
「嫌よ!!」

病に掠れた声で、しかしきっぱりと彼は命じた
「命令だ、おまえは生きろ」
彼女は、彼の命令には逆らえない
そう契約した、彼と生きると決めた時に

彼が生きろという限り、彼女は自ら死ぬことは許されない
「何処まででも、たとえ黄泉の果てでも一緒だって!
 誓ってくれたのはどうしたの?!」
彼女は責めるように彼に問いだだす

「気が、変わった」
「大丈夫だ、俺はどんなに離れていても、おまえのことは忘れないし、ずっと愛してる」
傲慢とも取れる彼の言葉に彼女はうなだれた
「マスターのいない世界で、どう生きろっていうの?」
途方に暮れた声で彼女は言いつのる
「だから、おまえのことは彼に頼んである」
「マスターのかわりなんか存在しない」
「かわりじゃない、新しい保護者だ」
そんな彼女に、彼はなだめるように答える
「いやだ」
彼女は、もうだだっ子のように否定し続ける

「あぁ、そろそろだな」
ふいに、彼の体から力が抜ける。
「え?」
苦しげに彼は続ける
「もう、別れだ。」
彼女はハッとした。彼の命の灯が消えかかっている
「やめて、逝かないで」
彼女は彼にすがりついた
「さよなら」
彼は微笑んで彼女の瞳を見つめた
「おいてかないで!!」
いつも、優しい光を宿し続けるその瞳を
別れの直前に、記憶に焼きつけるように
遠くに逝っても忘れないように

「愛してる」
彼は、最後に一言残して眠りについた
もう目覚めぬ眠りに

「私も、愛してる」
呆然と、彼女は呟いた
「愛してるから、おいてかないで」
もう、叶うことのない懇願を
「お願い」
次第に、体温を失っていく彼の抜け殻にすがりついて
「・・・・・・・・・・・・」
声にならない声が、唇から漏れる
瞳から涙が溢れた


『永久の誓い』は破棄された
消えないキズと、遠い未来の希望をのこして

誓約の続きです
なんだかんだでとても長くなってしまいました
これにて『マスター』と『エリセシア』の物語は終わりです
一応、ここまでが「約シリーズ」のプロローグです
本編はこれ以降の『留香』と『エリ(エリセシア)』の話になります

2012/12/23 23:38

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